痛快コメディ&ミステリー

書名からして、ストレートで痛快です。
「書店を舞台にした痛快コメディ&ミステリー」です。前回#27の「はい、泳げません」に続き笑いながら、うんうんとうなずきながら、そして今回は謎解きも楽しみながら、読める作品です。

早見和真さんの「店長がバカすぎて」(ハルキ文庫)の主人公は、谷原京子という28歳の、東京・吉祥寺にある武蔵野書店の契約社員です。

主人公が務める店の店長は「人を苛立たせる天才」です。谷原さんは、「ああ、店長がバカすぎる! 毎日『マジで辞めてやる!』と思いながら、しかし、仕事を、本を、小説を愛する」のです(文庫カバーより)。

主人公が「バカすぎて」と感じる相手は、店長にとどまりません。下の目次を見てください。

小説家から自社の社長、神様、そして「結局、私」も…。

なぜ「弊社の社長」までバカすぎるのでしょうか。
6店舗ある武蔵野書店を一代で築き上げたオーナー社長は、「70歳を過ぎ、今なお鼻息荒い社長をみんな心底恐れています」

そんな社長が、ある日突然「日本文芸はもう終わった。これからの書店は生き残りを賭けてコングロマリット化していかなければならい」と言い出し、後日、「文芸書売り場を縮小。吉祥寺というオシャレな土地柄を活かし、雑貨コーナーを充実させること」というファックスが社長室から送られてきます。

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そして「かつて見たことのない緑色の豚のキャラクターグッズ」が、それまで谷原さんが大切に育ててきた一等地の平台を容赦なく埋め尽くすのです。「私にはどう贔屓目に見てもカワイイとは思えな」い、クリアファイルやマグカップ、ノートなどが…。

「本当に辞めようかな」と、独りごちた主人公に、先輩の小柳さんが「あんたの気持ちはわかる。でも、辞めるのはいまじゃない」と声をかけてくれます。ここからのやりとりが圧巻です。

「こんなのひどくないですか? 私たちって、激務のくせに薄給だったてよく揶揄されてますよね? 賃金の代わりにやる気につながる何かを与えていれば、スタッフは文句を言わずに働いているって」

「ああ、やりがいの搾取ってやつね。やりがいさえ与えておけば、社員は給料が安くても喜んで働くっていう。一時期雑誌にもよく出てた」

「私たちはその”やりがい”まで取り上げられてるじゃないですか」

「何?」

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「いいんですよ。自分で望んで飛び込んできたんですから。べつに私は賃金が安かろうが、他の業界の人から笑われていようがかまいません。でも、せめてそのやりがいだけは感じさせていてくださいよ。それまで奪われちゃったら、私たちは何を目的に働いたらいいかわからないじゃないですか!」

文庫の帯には、書店員さんの「書店業界だけで盛り上がるんじゃなくていろんな人に読んでもらいたい。カバンの中に忍ばせてある退職届を、出すのはあと1日待ってみようと思うかも」というコピーがあります。まさに、その通りだと思います。

文庫のカバーには「私の仕事と人生、これでいいの?」ともあります。作品中には、次のような言葉もあります。

「物語の持つ力の一つは『自分じゃない誰かの人生』を追体験できること。いつかそう教えてくれたのは小柳さんだった。他者を想像すること。自分以外の誰かの立場に立つこと。『みんながみんな自分のことしか考えてない時代だもん。一瞬でも自分以外の人間を想像できるなら、それだけで物語は有効でしょう?』と、小柳さんははにかみながら言っていた」

笑えて、ミステリーの要素がある上に、「自分の人生に真剣に向き合うことができる本」(文庫版の帯の、別の書店員さんの声)でもあるのです。

本書には特別付録として、早見さんと角川春樹さんの対談に加え、ボーナストラックの「店長がバカなまま帰ってきたきた!(仮)ー『新! 店長がバカすぎて』につながる前日譚」があります。

「新! 店長がバカすぎて」は、角川春樹事務所の読書情報誌ランティエで連載中で、2022年夏に発売予定だそうです。楽しみです。

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