当店では、月ごとにテーマを決めて特集コーナーで本を紹介していきます。
4月の特集は「ようこそ本の世界へ」です。書店や古書店、図書館といった本にまつわる小説を主に展示していきたいと思います。普段はあまり本を読まない方、最近は読めていないという方々の本選びの参考になれば幸いです。
「他人の人生を生きるということ」
最初にご紹介するのは、村山早紀さんの「桜風堂ものがたり」シリーズです。
このシリーズを真っ先に取り上げたのは、以下の「言葉」を多くの方に読んでもらいたいと思ったからです。
「本を読むとは他人の人生を生きるということだ。自分ではない誰かの人生を辿り、その心で生きてみるということだ。それはなんと素敵なことだとおじいちゃんは思うんだ。魔法みたいなことだなあとね。ひとは、一冊本を読むごとに、きっと、その本の分だけ、優しくなれるんだとおじいちゃんは信じている。ひとは本がなければ、ひとりぶんの人生しか生きられず、自分の目でしか、世界をとらえることができない。けれど、一冊の本があれば、違う世界を見る眼差しを、違う人生を生きる魂を得ることができる。」
「桜風堂 夢ものがたり」(村山早紀著、PHP研究所、2022年1月25日初版、1,500円)
これは、関東圏にある桜の町という架空の小さな町で、明治時代から続く桜風堂の元店主が孫の透に語った言葉です。ちょっと引用が長くなって恐縮なのですが、上記に続いて次のように語り掛けます。
「もし、みんながたくさんの本を手にして、みんなが他の誰かの人生を生き、自分とは違う誰かの目で世界を見ることができたら、ひとは、もっと他の誰かに優しくなれないだろうか。世界は、明るい眼差しの光に照らされないだろうか。優しい場所に変わっていかないだろうか。おじいちゃんはね、昔から、本を売るという仕事が大好きなんだけど、その理由のひとつが、それなのかも知れない、と思うんだ」
本への愛あふれる物語
「桜風堂夢ものがたり」は、村山さんの「桜風堂ものがたり」シリーズの第3作にあたります。1作目は「桜風堂ものがたり」(PHP研究所、2016年10月4日初版、1,600円。PHP文芸文庫で上下巻、各726円もあります)、2作目は「星をつなぐ手 桜風堂ものがたり」(PHP 研究所、2018年8月14日初版、1,600円。PHP文芸文庫869円もあります)です。
主人公の月原一整は、第一作の「桜風堂ものがたり」の登場人物紹介で「心優しい、銀河堂書店文庫担当。他者と関わることを避ける傾向にあるが、隠れた名作を見いだす才能がある」とあります。
本書で村山さんは、本について主人公にこんな風に語らせます。
「一冊の本で、その日の気分が変わることがあると一誠は知っている。たとえば、その日一日ついていないことばかりだったとしても、帰宅の途中に寄った書店でふと手にした本を読んで、明日も頑張ってみるか、という気分になったりするものだ。
読み手にささやかな気分転換をさせることだけが本の力ではない。生きていることが辛いときも、さみしくて死んでしまいたいと思う日々が続いているときも、読みかけの物語の続きが読みたいからと、明日まで、また次の日までと命をつないでいけるということを、一誠は知っている。」
この主人公は、万引き事件がきっかけで長年勤めた銀河堂を辞めることになりますが、冒頭で紹介した桜風堂の店主と出会い、後継者となることを決意します。
続編の「星をつなぐ手 桜風堂ものがたり」は、この桜の町が主舞台となります。「星をつなぐ手」の登場人物紹介では主人公について「桜風堂書店書店員。元銀河堂書店文庫担当。山間の小さな店の再生に取り組む。他者と関わることを避ける傾向にあったが、多少変わってきたらしい」と変わっていて、おもしろいです。
両作品とも銀河堂書店の書店員さんたちや作家、本好きで知られる女優、出版社の営業さんといった魅力的な人々が登場し、心温まるストーリーが展開されます。
3作目の「桜風堂夢ものがたり」は、前2作の「番外編的な位置づけの作品」で、主人公の月原一誠の「回りを固める、他の書店員や、その家族」の物語です。お化けや宇宙人も出てくる「ファンタジーだったり怪奇物語だったりします」が、前2作と異なるファンタジーも、とても楽しく読ませていただきました。
本屋さんへの密かな恋文
村山さんは「桜風堂ものがたり」のあとがきで、「さて、この物語を完成させていくにあたって、リアルでまたネットで、いろんな書店員さんたちにアドバイスをいただきました」と書いておられます。
さらに「この物語を描くにあたって、そもそもの核になったものが何かを考えると、実はTwitterなのではないか、と思ったりもします。
そこにいて、24時間、書店員さんたちと挨拶を交わし、あれこれと会話をし、嬉しいことや悲しいこと、本や人生、お店への気持ちを垣間見ることで、たぶん仕事上の付き合いだけでは読み取れなかったような言葉を多く知ることができました。」ともつづっています。
この物語について村山さんは、同じくあとがきで次のように書きます。
「もちろん、本と本屋さんが好きなお客様たち、つまり、いまこの本を買ったり借りたりして、手にしてくださっているあなた、読者のみなさんのために書きました。―でも、本屋さんたちに捧げるために描いた物語でもありました。
子どもの頃から大好きだった本屋さん。作家になってからは、自分の本を棚に挿し平台に並べ、大切に売ってくださるひとびとがいるところ。その場所とそこにいるひとびとへの愛と感謝の思いを綴った、この物語はいわば、わたしにとっての、本屋さんへの密かな恋文だったのです。」
私も、このブログを始めた理由の一つは、愛する本にかかわるひとびとへの感謝の思いがあります。活字離れが進む中で、一人でも多くの人に本を買って読んでほしい。そのために少しでもお役に立ちたい―。
本、そして本屋さん、そこで働く人ひとびとへの愛であふれた村山さんの「桜風堂ものがたり」シリーズ、おすすめです。ぜひ本屋さんで手に取り、購入していただければと思います。