きょうは、矢野帰子さんの「わたし、定時で帰ります。」(新潮文庫)をご紹介します。本屋さんで見つけたら、思わず手に取りたくようなタイトルですね。
これに関して解説で書評家の吉田伸子さんが次のように書いています。
「もしこのタイトルを見て『あ? んなことできるわけないじゃん!』と思った人がいたら、そういう人にこそ本書は読んでもらいたいし、そういう人にこそ本書は必要などだと思う」。その上で、次のように解説を締めくくっています。
「本書を読んで、残業を当たり前だと思うこと自体が、実はちょっとおかしいのかも、とそんな風に感じてもらえればいいな、と思う。本書は、全ての働く人にとって、お守りのような一冊である」
前置きが長くなりましたが、本書の主人公は「絶対に定時に帰ると心に決めている会社員の東山結衣」です👇
東山さんは、IT関連企業で働く32歳の女性。なぜ、絶対に定時で帰ると心に決めているのか、それはネタバレにもなりそうなので書きませんが、彼女が仕事について次のように語っている場面があります。
「定時で仕事を終えて、大事な人と会って、ゆっくり休んで、美味しいものを食べて…。そういう生活をみんなが送れるようにしたいと思った。大人になって、会社に入ったら、きっとそうしようと思ってた。夢とかじゃないの。…できるはずだった思いこんでた」
会社には、「新人は有給休暇なんてとらなくていい」といい、風邪をひいても休まない「皆勤賞の女」や、すぐに辞めると言い出す新人、仕事中毒の人間、ブラック上司などがいます。
主人公が定時に帰るから、他の人間が残業をしなければならないのだと非難されたりして、「一人だけ幸せになろうとしている」と、自問したりもします。
父親からは「もう三十過ぎたわけだしさ、上に立つ人間になったんだからさ。時には長いものに巻かれなきゃいけないってことを、そろそろわからなきゃ」と言われたりもしますが、次のように反論して、闘い続けます。
「たとえ長いものに巻かれても、間違ってるってわかったら、巻かれるのをやめるのが、本当の美徳ってもんじゃないの?」
長くなりましたが、最後にもう一つ、とても印象に残ったシーンを紹介して終わりにします。
主人公は社長に対して、制度を変えても、「みんな、自分から長時間労働へと向かっています。隠れてまで残業しています」と訴えます。それはナゼかとの社長の問いに、彼女はこう答えます。
「…孤独だから、じゃないでしょうか」
「急激に変わっていく世の中についていけなくて、会社に居場所がなくなるんじゃないかって怯えてて、でも誰にもその気持ちをいえなくて、みんな怖いんです」