4月の特集「ようこそ本の世界へ」の2回目は、大崎梢さんの「成風堂書店事件メモ」シリーズです。著者の大崎さんは元書店員で、書店で起こる小さな謎を描いた、このシリーズの第一弾となる「配達あかずきん」(2006年・東京創元社、2009年・創元推理文庫)でデビューしました。それだけに作品には本や、書店、出版社、作家等への愛にあふれています。

本格書店ミステリー

シリーズは、駅ビルの6階にあるごく普通の書店「成風堂」が舞台です。書店員の杏子と勘の鋭いアルバイトの多絵が、さまざまな謎に挑んでいく「本格書店ミステリー」です。シリーズ4冊のうち、一冊だけ長編ですが他は短編集ですので、気軽に読めて、さらには本好きにはたまらないシリーズといえます。

書店にまつわる謎とは一体どんなものなのでしょうか?
「配達あかずきん」には、表題作を含めて5つの短編が収められていますが、「標野にて 君が袖振る」という作品は、常連客の婦人がコミック「あさきゆめみし」を購入後に失踪してしまうというお話です。なぜ、どこへ…。

これ以上はネタバレになってしまいますので止めときます。「あさきゆめみし」は、源氏物語を漫画化した大和和紀さんの作品ですが、「あさきゆめみし」について大崎さんが主人公に語らせている部分を紹介します。

「『あさきゆめみし』はとても完成度の高い、きれいな絵の漫画だ。星の数ほどいる漫画家の中でも、作者はベテラン中のベテラン。その大ベテランがまだ若かった頃とはいえ、真正面から取り組んだだけのことはある。細部まで緻密に描かれた絵と、ドラマチックな展開と、登場人物の味わいの深さと。どれをとっても、読み継がれる不朽の名作にまちがいはない。」

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どうですか、これを読んだら「あさきゆめみし」を読みたくなりますよね。大崎さんの、この「成風堂書店事件メモ」シリーズや、次に紹介する「出版社営業・辻井智紀の業務日誌」シリーズには、たくさんの本が紹介されていて、読みたい本が増えて困ってしまいます(笑)。

さて、「配達あかずきん」から、もう一つ「六冊目のメッセージ」という作品を紹介させてください。

解説の戸川安宣さんは、この作品を「成風堂にひとりの女性が、自分が入院中、見舞いに来た母がこの店の男性店員に選んでもらった本を読んで随分癒された、ついてはお礼がしたい、と言って訪ねてくる。都合五冊の本を見立ててもらったが、どれも病床の憂さを晴らす格好の選択だった、というのだが、その書名を聞いて杏子は不審に思う。この成風堂に、そういうチョイスのできる店員はいない(中略)。一体、誰が?

この女性が杏子に話した言葉も「付箋」です。
「本屋さんって、私の知らない世界が詰まっている場所でした。今まで、とっても狭い視野しか持っていなかった。そんなことも、あの五冊の本で思い知らされました。一本の樹も、小さな花も、街角も、出会いも、夢も、自分のすぐそばにあったのね。いい経験でした。あれは大切な宝物です。(後略)」


解説の戸川さんは「『標野にて 君が袖を振る』に続き、絶品のラヴストーリーとなっている。」と書いています。

作り手と売り場を結ぶ

続いて「出版社営業・辻井智紀の業務日誌」シリーズの第1弾「平台がおまちかね」(創元推理文庫)を紹介しますです。主人公の辻井くんは出版社の新人営業マンです。

カバーのコピーを紹介すると「作り手と売り場を結ぶ糸をたくさん鞄に詰め込んで、(略)今日も本のひしめくフロアへと向かう。―でも、自社本をたくさん売ってくれた書店を訪ねたらなぜか冷たくあしらわれ、文学賞の贈呈式では受賞者が会場に現れない!? 他社の先輩営業マンたちにいじられつつも、波瀾万丈の日々を奮闘する辻井君の、こころがほっとあたたまるミステリ短編集第一弾」です。 

この本で特にご紹介したいのは「ときめきのポップスター」という作品です。
これは、出版社の営業さんが、自社と他社の文庫本からお気に入りの1冊ずつ選んでポップを付けて紹介するイベントを軸にしたお話です。

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その中で辻井君の、こんな言葉が心に響きました。


やっぱり愛か。でもそれはそれで大問題なんだよ。ぼくは書店員さんの中にも敬愛を注いでいる人がいるけれど、作家さんの中にもマドンナがいる。自社本の場合はもちろん販促にリキが入るよ。深い愛をこれでもか、というくらいめいっぱい盛り込んでいる。けど他社本だと手が出せないからね。ずっと指をくわえて見てるだけだった。ぼくに語らせろと何度思ったことか。こんな帯は手ぬるい、ちがーう、ポップもなってない、愛が足りない、うちによこせーってね」 

作品では、ポップコンテストとして10冊が紹介されています。ポップを含めて、そのうちの半分だけ紹介したいと思います。今後の本選びの参考にしていただければと思います。

▼「忘れ雪」(新堂冬樹) ロマンチックな導入部と、息もつかせぬ後半の展開。ただの純愛物語ではありません。力強く儚い。この著者ならではのぜいたくな一冊。ともかく表紙のワンコをお連れください

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▼「ライオンハート」(恩田陸) ほんの一瞬だったり、いっしょにいすぎて気づかなかったり。でも…何度も、何度も、時空を超えてめぐり合う二人の深い愛情に、思わず共感しホロリときました!
▼「母」(三浦綾子) この本には、忘れてはいけない日本の母がいます。読んで感動した人すべての、きっと”母”です。自分はそう思います。だからときどき呼びかける。がんばっていい営業になるよ。素晴らしい本を売るよ。見ててね。
▼「サンタクロースのせいにしよう」(若竹七海) よその棚にならんでいるのを、未練たっぷりに眺めてきました。若竹さんの他社本はすべて。中でも、これが一番ツライ。このままつれてかえりたい。サンタクロースにせいにして


▼「ななつのこ」(加納朋子) 作者に宛てたファンレター、そこにちょこっと書き添えた身近な不思議。すると、返事が返ってきます。あざやかな解決のヒントと共に。誰もが夢見るとびきりのシチュエーションをこの一冊で

なお、このシリーズの第2弾「背表紙は歌う」は、5つの短編で構成されていますが、表題作は新潟が舞台となっています。

心から応援できる人がいるって幸せだね

最後に、もう一冊だけ。前回のブログ♯03でご紹介したプチ「卒業旅行」で、大崎さんの「彼方のゴールド」(文春文庫)を旅のお供として携行し、読み終えました。

この本は、カバーの紹介文を引用させていただくと「老舗出版社で営業部から総合スポーツ誌に異動となった目黒明日香26歳。勝ち負けに拘るスポーツへの苦手意識が強かったが、仕事は次々やってくる。野球にバスケット、水泳、陸上…ライターやカメラマンとともにアスリートの努力と裏側を取材するうちに、スポーツの魅力と伝える仕事の面白さを知っていく」という物語です。

文庫の帯の「心から応援できる人がいるって幸せだね」のキャッチコピーがいいですね。何より主人公が「目黒」というのも最高です(笑)
最後に、私が付箋をつけた個所のうち、二つだけご紹介して終わりにします。

「ここでしくじければ後がないというピンチではなく、経験値を上げるためのチャンスとしてマウンドに立つ。打たれても糧に、打たれなければさらなる糧にして、自分の中で積んでいく」(第1章 勝利の方程式)

「高い山の頂に登れるのはほんのひと握り。でも登るために死力を尽くした人は、そうすることで初めて得られるものを手中に収める。尽くさなくては得られないものがこの世にはある。徒労に終わるわけではないのだろう」(第5章 高みを目指す)

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