「選手の息遣いや臨場感溢れる試合展開といったスポーツ小説の魅力をしっかり描きつつブラック部活、いじめ、貧困、不法滞在といった社会問題を違和感なく挟み込んで物語に深みを与えています」

藤岡陽子さんの「跳べ、暁!」(ポプラ社)は、「それぞれ複雑な事情を抱えながらも、仲間を信じてコートに立つ! 個性と情熱をぶつけあいながら青春を駆け抜ける少女たちを瑞々しく描く、最高のバスケット小説」(本書の帯)です。

この「跳べ、暁!」は、このブログの#33で紹介した「10代のための読書地図」に取り上げられています。冒頭の言葉は、「ジャンル別 10代おすすめ本ガイド」の「部活 運動部編」で、「王道の部活小説で汗を流す」と題して書店員さんが書いたものから、一部を引用させていただきました。

主人公は、小学1年生からミニバスをやっている、中学2年生の春野暁(あかつき)という少女です。

暁は、母親が病気で亡くなり、父親と郊外の町に引っ越してきたのですが、中学校には女子バスケ部がありません。そこで、親しくなった吉田欣子という運動が苦手な同級生と女子バスケ部を創設します。

部員の半分は、バスケ経験がありません。練習の場面では、ドリブルの仕方や攻撃や守りのセオリーなどが説明されます。このため読んでる方もバスケのことを詳しく知ることができます。何より、試合のシーンなどは臨場感がありますから、物語に引き込まれていきます。

さらに、登場人物たちは個性あふれ、作者のそれぞれに対する目線は温かです。心理描写も巧みで、心に響く「言葉」にも多く出合えます。

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例えば、親友の欣子は東大を目指し小1から塾に通い、名門の私立中学を受験しましたが失敗しました。地元の公立中学には行きたくないと、親元を離れてこの町にやってきたのですが、作者の藤岡さんは、この欣子と暁の関係について、暁の父親に次のように語らせています。

「暁もその友達も、一点の重みを知る人間だ。二人とも、たった一点が勝敗を決める世界で生きてきた。一点で負けないために暁はコートを走り、友達は机に向かってきた。フィールドは違っても闘ってきたという七年間には違いはない。だから二人はきっとわかりあえる」

七美というチームメイトについては、暁が次のように語ります。

「いつも控えめな七美が珍しく断定的な物言いをする。それだけ事態が逼迫しているということだ。七美が普段自分の意見を口にしないのは、争いたくないからだと思っていた。自分が弱いことを知っていて、だから闘おうとしないのだ、と。

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従ってばかりいるから人になめられるし、底意地の悪い人間からいいように使われることもある。でも一緒にバスケットをするようになってから、暁の七美に対する印象は少しずつ変わってきた。

七美は弱いのではない。柔軟なのだ。人に合わせられる、状況に応じて自分の立ち位置を変えられる、というのは一種の強さなのかもしれない。この人は見かけよりもずっと頼りになる。暁は少し前からそう感じるようになっていた」

この本の帯には、東京五輪で日本の銀メダル獲得に大きく貢献した、女子日本代表の髙田真希選手がコメントを寄せています。

「アスリートが成長する為に必要なのは、技術ではなく人間力だと私はおもいます」とし、
「この作品を読んで、様々な家庭環境を抱えながら切磋琢磨している姿、目標に向かってお互いを支え合い励まし合う姿に中学生の少女達から人間力を学びました」と書いています。

いじめに関しては、次のような心揺さぶられる一文があります。

「自分たち子供は大人たちに張り巡らされた制約の中で生きている。いつだって見えない巨大な力に支配され、いろいろなことを強制されて。だから捌け口は常に必要なのだ。そしてその捌け口は弱い者だと決まっている。

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人を攻撃することを得意とする人間が弱者をいたぶり、それを周りにいる者たちが傍観する。標的が自分じゃなくてよかった、という思いは傍観者たちにほんの少し優越感を与えてくれる。別に珍しいことじゃない。いじめや仲間はずれのない学校なんてない。社会に出てからもきっとそうだ」


「体罰」についても、
「コーチが約束してくれたの。私を都内有数の陸上強豪校に入学させてやるって。それも学費が免除になる特待生で」と、被害者がそれを受け入れてしまう心理などが描かれています。

貧困や不法滞在といった社会問題なども、それについて知り、考えるきっかえを与えてくれます。

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