今回は、読み手を惹きつけ、思いが伝わる文章の書き方の指南書といえる一冊をご紹介します。コピーライターの鈴木康之さんの、「名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方」(日経ビジネス人文庫)です。
この本の冒頭には、「文章は書くものではない 読んでもらうものである」の見出しが付けられ、ある逸話が書かれています。以下に簡単にご紹介します。
詩人のアンドレ・ブルトンがニューヨークに住んでいたとき、いつも通る街角に黒メガネの物乞いがいて、首に下げた札には「私は目が見えません」と書いてあったそうです👇
彼の目の前にはお椀が置いてあるのですが、通行人はみな素通りし、いつもコインはほとんど入っていませんでした。
そこでブルトンは、下げ札に新しい言葉を書いてはと提案し、書き込みます。するとコインの雨が降りそそぎ、通行人は温かい声をかけていくようになったというのです。さて、ブルトンは、どんな言葉を書いたのでしょうか?
下げ札にはこう書いてあったそうです。
「春はまもなくやってきます。
でも、私はそれを見ることができません。」
この話は「ロスチャイルド家の上流マナーブック」(伊藤緋紗子訳・光文社文庫)という本に紹介されていて、鈴木さんはこれを読んでから、文章教室の講義のマクラによく使っているそうです。ブルトンの言葉には「訴えるものがあり」、「人に行動を促す力」があるからです。
鈴木さんは「文章はまず第一に、読む人のためのもの。そして読んでもらって、目的を果たしてはじめてやっとあなたのためのものになるのです。その順番がだいじです」といいます。
そして「読んでもらう文章を書くことは、読む人の気持ちとのゲームです。巧みに書かれた文章は『え、なんだって』『なるほどね』という反応を読み手の中に引き出します。このことは文章を書くときの自己チェックになるといいます。
「読み手の顔つきを想像して、どう反応するか、これでいいかどうか、用心深くよーくチェックしながら書き進めてください。そういう反応が引き出せないと、読み手は文章から離れます」と書いています。
鈴木さんは昔、「先輩、同輩、後輩のいいボディコピーに新聞紙上で出会うと、何度も読み返し、プロとして読み砕き、どこがどううまいのか、どう工夫されているのかを分析して勉強し、自分の能力不足を補っていた」といいます。
本書は、①話の中身②表現の方法③話の見つけ方④発想の方法⑤基本は説明力⑥勉強の方法―の6部からなります。
すべてに名作コピーがふんだんに紹介、解説されていて、とても勉強になります。その中から一つだけ、「メガネは、涙をながせません。」を紹介します👇
この「メガネは、涙をながせません。」というキャッチコピーに続いて、ボディコピーは次のように書かれています。
「だから、クリアリング。これまでの洗浄と違います。メガネの新しい点検・整備。/眼に入ったホコリは、涙が流してくれます。しかし、メガネはそれができません。汚れてもホコリが入っても、そしてネジがゆるんでもそのままです。ときどき総点検をしてあげましょう。メガネは、もうひとつの眼なのです。
ただキレイなだけでなく、正しい視力を保ってこそ、眼としての完全な機能を果たすもの。ですから、金鳳堂では、単に洗うだけの洗浄サービスは、いたしておりません。」(以下略)
このコピーの全文を紹介した後、鈴木さんは次のように書いています。
「文章を書くということは、それを読んでくれる人とのゲームです。ずばりトクする情報、ソンする警告だけでなく、『なるほどもっともだ、これは道理だ』と納得させる言葉も人を捕えます。ボディコピーの一行一行もその連鎖でなければいけません。興味を失った途端、読む人はその文章から離れてしまいます」
このコピーについては、キャッチコピーについてとても勉強になることが書かれていますので、最後に紹介したいと思います。
このコピーは、詩人でもあるコピーライターの朝倉勇さんの作品だそうですが、鈴木さんは、この広告に出会って勉強させてもらった頃、一つ疑問をもったといいいます。それは、キャッチフレーズの「ながせません」は、なぜ「流せません」ではないのだろうか、ということです。ボディコピーでは「流せません」を使っています。不統一です。
なぜか。鈴木さんは、それは「日本の文字は、意味であり、形であるのです。文字によっては『絵』であるのです」といい、次のように解説してくれています
「『メガネは、涙をながせません。』の中には、カタカナ三文字の『絵』と漢字一文字の『絵』があります。じーっと見ているとどちらも美しい絵です。この広告では主役と脇役の二人です。立てたい二人です。『ながす』を漢字にすると、漢字の脇役が二人になってしまいます。ここは漢字は『涙』一人だけにしておきたい」
よく、漢字が多すぎたり、逆にひらがなが続きすぎたりすると読みにく文章になる言われますが、主役と脇役を際立たせるために、あえて漢字をひらがなにするとは驚きです。
この本は、紹介されているたくさんのコピーを読むだけで楽しいのに、このような「そうか、なるほど」とうなずき、驚く解説を読んで、学ぶことができます。お薦めです(絶版のようですが…)。