50歳を目の前にしてリストラされた男性が、何もかも思うようにいかず精神的にも追いつめられていく中で、公園でドングリを拾って食べてみたことから運命が大きく変わっていくー。まさに「ひなた」のような、心温まり、エネルギーをもらえる物語です。

山本甲士さんの「ひなた弁当」(小学館文庫)の主人公は49歳の男性です。宅地開発会社の課長補佐ですが、実際には「一営業担当者」に過ぎません。研修で自分の欠点を書けとの問いに、「気が弱い。要領が悪い。他人から安く見られやすい」などと記入する。そんな人物です。

会社が大規模な人員整理をすることになるのですが、主人公は上司に騙されて人材派遣会社への出向を受け入れます。ところが、そこでは正社員としての採用ではなく、派遣社員として登録されます。派遣先はなかなか決まらず、決まっても長続きしません。

心の病を自ら疑うようになった頃、公園で子どもがドングリを拾っているのを見かけます。そこで、「ドングリは食えなくはない。小学校のときに社会科で習った。縄文時代はみんなドングリをたくさん食べていたと。弥生時代になっても食べていたはずだ」と、食べてみることを思い立ちます。

水煮、煎ったものとも美味しかったため、次は川沿いの土手などで食べられる野草の採取を始めます。さらには、川で釣りをしていた人から教えてもらって川魚を釣ったり、スジエビやテナガエビといった川エビを網ですくったりします。

読んでいて、たとえばセイヨウタンポポの葉っぱや根っこ、花まで美味しく食べられるなど、たくさんの野草が食せることが分かり、驚きでした。それらの調理法も甘露煮や南蛮漬け、きんぴらなどレパートリーを多彩で、いずれも食べてみたくなりました。

主人公は、それらを使った弁当屋を開きます。詳しくは読んでいただきたいので書きませんが、文庫本のカバーでは「本人も気づかなかった潜在能力を発揮し始め、逞しく変貌していく」と表現しています。

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「そんな風に、うまくいくはずないよ」と思われる方もおられるかもしれません。でも、作品中には、主人公が次のように独白する場面があります。「リストラされたのは不運だったんじゃなくて幸運だったんだな」

ちょっとしたことがきっかけで、何かにチャレンジし、楽しみ、没頭することで考え方や物の見方が変わり、行動も変わり得る。

同じ時期にリストラされた課長まで務めた同期に、作者は次のように語らせています。
「何ていうか…目の力が違うっていうか。前はいつも何かにおびえてるような、おどおどしたところがあったのに、今の君は自信にあふれてるっていうか、胸を張って生きてるっていうか、とにかく堂々としている」

主人公の変貌していく姿をみていくにつれ、自分自身も励まされました。素直な心で、読んでいただければ、そんな風に思います。

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