陽だまりのように優しく温か

今回は、髙田郁さんの「みをつくし料理帖」シリーズ(ハルキ文庫)のご紹介です。前回の「古書カフェすみれ屋」シリーズで、料理のことを書いているときに、これはやっぱりこの作品をご紹介しなくてはと思い、今回取り上げることにしました。

主人公の澪は、幼いころに水害で両親を失いました。大坂の料理屋『天満一兆庵』に奉公しますが、店が火事に遭い、ご寮さん(女将)とともに江戸に出てきます。澪は「神田御台所町で江戸の人々には馴染みの薄い上方料理を出す『つる家』」で、「店を任され、調理場で腕を振るう」ことになります。

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第1作の「八朔の雪」の文庫カバーの解説をさらに続けますと、「大坂と江戸の味の違いに戸惑いながらも、天性の味覚と負けん気で、日々研鑽を重ね」ます。「料理だけが自分の仕合わせへの道筋と定めた澪の奮闘と、それを囲む人々の人情が織りなす、連作時代小説の傑作」です

第3作の「想い雲」の帯に、書店員さんの声が載っていましたので一つ紹介します。
「人が信じられなくなったときは髙田郁を読むといい。ここに陽だまりよのうにやさしく温かで爽やかな時代小説があります。『心に沁みる』という表現がこれほど似合う小説になかなか出会えない」

オリジナル料理の数々、レシピも紹介

このシリーズの最大の魅力は、澪が「幾多の困難に立ち向かいながらも作り上げる温かな」創作料理が各話に出てきて、巻末にはそのレシピも紹介されていることです。

1冊目「八朔の雪」では、ぴりから鰹田麩、ひんやり心太、とろとろ茶碗蒸し、ほっこり酒粕汁、といった感じで、すべて食べたくなってしまいます。「想い雲」の帯の言葉を借りれば、「目に美し、口にして旨し、心に嬉し。澪の料理が今日も幸せを運」んでくれるのです。

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作品は、料理や食材への深い愛にあふれています。
2作目の「花散らしの雨」にある「俎板橋から―ほろにが蕗ご飯」には、蕗についてのこんな描写があります。

「筋を取ってみせながら、澪はふきに優しく教える。
『蕗には無駄なところがひとつもないのよ。てとも偉い野菜だわ』
初めてふきは、きょとんと澪を見た。
『偉い野菜?』
『そう、とても偉いの。葉も茎も美味しく食べられるし、こうして出た筋でお鍋を擦ると汚れが綺麗に落ちるから』」

  (「ふき」は、「つる家」の下足番で、後に澪を姉のように慕うことになります)

人々の人情織りなす

澪をはじめ、物語に登場する人々はみな温かく魅力的です。「想い雲」の帯で紹介されている別の書店員さんは、以下のようにコメントを寄せています。

「みんな大変な事情を抱えて、身が擦り切れるほどの痛さを感じていても、毎日の生活をちゃんと地に足をつけて普通に過ごしている。その普通に過ごしている、まさに生きて活きているこの姿がいい!! そんな風に毎日、身を尽くして生きている澪や、つる屋のみんなだから大好きなのさ」

中でも、澪の幼馴染で、水害で澪と同じく天涯孤独となった野江との物語は心に響きます。
野江は吉原「翁屋」であさひ太夫として生きることになるのですが、2作目の「花散らしの雨」では澪と野江が“再会”を果たします。

実際に会うことはできません。澪は扇屋の外から扇屋の二階にいる野江の姿を見ることができるのですが、この場面が圧巻です。

「障子越しに、淡い光が洩れていた。室内の行燈に火が入ったのだろう。目を凝らすと、うっすらと人影が映り、固く閉ざされていたはずの障子が、僅かに二寸(約六センチ)ほど開いている。
野江だ、野江があそこに居るのだ。澪はその場で背伸びをして、中を覗こうとしたが果たせなかった。」

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(中略)「―野江ちゃん、私、泣いてへんよ。もう泣かへんから
せめてそれだけを伝えたくて、澪は、咄嗟に右の指を狐の形に結んだ。そして、野江の居るだろう二階座敷へ向けて、その手を差し伸べる。
涙は来ん、来ん。
胸の中で唱えながら、幼い日、そうしたように空で振ってみせる。
涙は来ん、来ん。
その刹那。
障子の隙間から、そっと白い腕が差し出された。夜目にも真っ白な細い女の左腕。
その手の先が狐の形に結ばれる。
―涙は来ん、来ん
まるでそう囁くように、細い腕が弱々しく振られた。」

「みをつくし料理帖」は、テレビドラマや映画にもなっていますが、映画のポスターはこの場面が使われています。

この”再会”の後、澪は誓います。
「どうすれば友をこの境遇から取り戻せるのか、澪にはわからない。見上げる天はただ暗く、一条の光も見えなかった。それでも、と澪は思う。野江のためにも、そして自分自身のためにも、決して諦めまい

二人の今後はどうなるのか。ぜひ本をお読みください。

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