今回は、私の敬愛するノンフィクションライター後藤正治さんの「孤高の戦い人」を紹介します。後藤さんには優れたスポーツノンフィクション作品がたくさんあります。お薦めしたいものはいっぱいあるのですが、今回これを選んだのは以下の理由からです。

この「孤高の戦い人」には、プロ野球監督など3人の監督に焦点を当てた3作品があります。この3監督の考え方や指導方針などから学ぶことがとても多いです。さらに、今季アルビレックス新潟をJ2優勝に導いた松橋力蔵監督と通じるものがあると感じたからです。

その監督とは、小川良樹(作品名「巣立ち」)、上田利治(「中断」)、仰木彬(「遅咲き」)の3人です。上田さんと仰木さんはプロ野球の名監督ですが、小川さんは私は作品を読むまでは知りませんでした。

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高校バレーの強豪校・下北沢成徳高校バレーボール部の監督を長らく務めている方で、調べたら今年度限りで勇退されるようです。同校は大山加奈、荒木絵里香、木村沙織の各選手ら、「秀でた選手たちを生んできた高校」です。

ただ、この高校が「固有の響きがあるのは、それ故ではない」と後藤さんは書きます。「高校バレー界はいまもスパルタ方式のゲンコツ流がまかり通っているが、成徳は珍しく自由と自主性を掲げて歩んできた」というのです(「孤高の戦い人」の刊行は2009年)。

小川さん自身も最初はスパルタ方式の指導をしていたそうですが、結果が伴わないこともあって、「耐えて勝つ」方式から「好きになって勝つ」方式へと転換します。合同練習から自主練習重視の方式へと切り替え、夕方からの合同練習は2時間程度。「考えるバレー」「オンとオフの切り替え」などを大事にされた方のようです。

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以下では、3作品から私が「付箋した」ものの一部を紹介します。そこで語られる指導者としての姿勢、コトバを読むことで3人がどういう監督か、そして名監督たるゆえんがお分かりになるのではないか、と思います。

勝利ではなかったが理想のゲームをしてくれた、と小川は思っていた。選手は監督の駒でもなければロボットでもない。コートでもがきながら選手自身が何かをつかんで表現し、創造すること。それを見るとき、指導者としてこの上ない喜びを感じるのである」(小川良樹監督)

勝つこと、優勝することが目標であることはいうまでもない。ただ、それが『すべて』であるのと『最大の目標』であることは違う。小川の志向は明らかに後者である」(同上)

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育てる術を問うと、自身の原点が『非エリート』であったことをあげた。『私自身は一軍半といいますか、まるでたいした選手じゃなかった。現役期が非エリートであったことが指導者になっても残っていましたよね。つい下積みの選手に目がいくというか、気になる。なんとかしてこいつらにメシを食わしてやりたい。そういう思いが育てるということにつながっていったかもね』」(上田利治監督)

選手で三流、監督で一流はメジャーリーグでは普通のこと。アンダーソンもその一人である。選手と監督は機能と職分が異なるものと認識されているからであるが、日本野球では希有である。やがては珍しくなくなるであろうが、上田はその先鞭をつけた野球人となった」(同上)

仰木をイチローの育ての親といっていいであろうが、他の選手を含め、『育てた』という言い方を嫌う人だった。私にもこう答えたものである。『いや、選手が自然と大きくなっていくのを邪魔しなかっただけだ』野茂英雄、イチロー、田口壮、長谷川滋利、吉井理人…など、仰木のかかわった選手の多くはメジャーに行って成功者となった。それは彼ら自身の力量であるが、さらに飛躍する余地、〝糊代〟を残して育ったという見方もできるだろう(仰木彬監督)

「仰木が三原(脩)という人物の監督術、さらにその人間に思いをはせるのは、後年、自身が指導者として年輪を重ねてからである。その手法を意識して真似たというわけではないが、長所を見出す結果主義、奔放に見えつつデータ重視、選手の”非管理”…などは結果的に三原の手法と重なっている」(同上)

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どうでしょう。アルビの松橋監督も、「選手は監督の駒ではない」「選手が自然と大きくなっていくのを邪魔しない」「長所を見出す」といったニュアンスのコトバをおっしゃっていたような気がします。やはり、松橋さんも名監督だな、とあらためて思います。

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「孤高の戦い人」は、岩波現代文庫の「人物ノンフィクション」Ⅰ~ⅢのⅢとして出版されましたが、現在はこのⅢだけ購入できません。ブレーンセンターが出版している「後藤正治ノンフィクション集」で9巻と10巻に分載されています。今回引用したものは、ここからです。

「孤高の戦い人」は7作品で構成されていて、上で紹介した以外に、「二つの故郷」(松井秀喜)、「絆」(北橋修二調教師と福永祐一騎手)、「覚めた炎」(伊達公子)、「三四郎三代」(古賀稔彦ら)が入っています。

ちなみに岩波現代文庫の「人物ノンフィクション」Ⅰは「1960年代の肖像」で、「滅びの演歌―藤圭子」「黄金時代―ファイティング原田」など5作品。Ⅱは「表現者の航跡」で「摩天楼の伝説―オノ・ヨーコ」「キャスター―国谷裕子」「プリンス―皇太子徳仁」など7作品が収められています。

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「後藤正治ノンフィクション集」(ブレーンセンター)は文庫サイズですが、1冊が700~800ページほどもあります。でも私は、どれも夢中で読んだので、厚さを感じませんでした。

スポーツ関係は、野球、ボクシング、陸上、ラグビー、競馬など幅広いです。野球では、江夏豊とその時代を描いた「牙」(第6巻)や、広島カープのお黄金時代を支えた名スカウトの人生を描く「スカウト」(第5巻)が特にお薦めです。

ラグビーは、同志社大の二度の黄金時代をもたらした岡仁詩さんの実像とその水脈を描く「ラグビーロマン」(第8巻)がとても印象に残っています。不良少年から定時制高校の教師となり、ボクシング部をつくって生徒たちと裸でぶつかり合う日々を描いたヒューマン・ドキュメント「リターンマッチ」(第4巻)は圧巻です。

当ブログで紹介した「清冽」(#147 「清冽ー詩人茨木のり子の肖像」(後藤正治) | アルビレックス新潟と本のある幸せ (husen-alb.com))も、「孤高の戦い人」Ⅱの入った第10巻で読むことができます。

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