10月はアルビレックス新潟のJ1昇格争いが佳境を迎えたため、本の紹介があまりできませんでした。アルビのJ2優勝&J1昇格も決まり、J2のリーグ戦も幕を閉じました。11月からは、本についても、前のように少しずつ書いていきたいと思っています。

当ブログを読んでいただいている方は、アルビレックス新潟のサポーターの方が圧倒的に多いと思います。スポーツ関係を中心に、さまざまなジャンルの本を取り上げていこうと思っています。本選びの参考にしていただけたら、うれしいです。

今回ご紹介するのは、沢木耕太郎さんのノンフィクション「敗れざる者たち」(文春文庫)です。初版本を初めて買って読んだ大学生時代から、何度読み返したかわからいほど大好きな作品です。

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主題は、「勝負の世界に何かを賭け、喪っていった者たち」(あとがき)です。「無人の競技場で、敗れていく者たちのただ一度だけの戴冠式を、この手で行いたかったのだ。月桂を冠するためではなく、敗者をして真に敗れせしむるために…」と沢木さんは書きます

この本には、いつか燃えつきたいと望み続けるボクサー(クレイになれなかった男)、長島茂雄の陰で消えていった二人の三塁手(三人の三塁手)、決して後ろを振り向かなかったマラソンランナー(長距離ランナーの遺書)など、6編が収められています

どれも心揺さぶられる作品ばかりで、敗者とは、そして人生とは何か、考えさせられます。どれかを一つ選んで紹介するのも難しいのですが、一番有名と思われる「長距離ランナーの遺書」を、簡単に紹介します。

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この作品は、1964年の東京オリンピックのマラソンで銅メダルを獲得し、その後に自らの命をたった円谷幸吉が主人公です。円谷選手は、アベベ選手に次いで2位でゴールの国立競技場に入ってきますが、バックスタンド前でイギリスのヒートリー選手に抜かれてしまいます。

そのシーンを、沢木さんは次のように書いています。
「円谷は予想もしなかったことが起きたというように、一瞬、狼狽したようだった。力ふり絞って追走するが、僅かの差をつめることができない。できないままにゴール。二位ヒートリーと三位円谷の差は、僅か三秒だった」

円谷選手は、競技場に入って一度も振り返らなかったといいます。「なぜ競技場に入った時、一度だけでも振り返って見なかったのか」、そして「長距離ランナーは、果たして『走れなくなった』からといって死ぬことができるのか」ー。沢木さんはと、多くの関係者に会い、疑問を明らかにしていきます。

「なぜ振り向かなかったのか」。多少ネタバレになりますが、そこには小学生時代に親から言われた一言が影響しています。何げなく言った一言が、相手の人生を変えてしまうこともあるー。コトバの重みを痛感します。

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そのほかは、読んでいただきたいので書きません。この作品には、円谷さんの遺書が紹介されているのですが、川端康成は「千万語も尽くせね哀切である」と評しているそうです。読んでいて涙が止まりません。この遺書を読むだけでも、購入する価値はあると思います。

最後に、私が「付箋した」箇所から、二つだけ紹介して終わりにします。

「野球に“もし”はないという。人生にもありはしないのだ。にもかかわらず、人は“もし”と考える。考えても益ないことと知っていながらやはり人は考える。“もし”と思いつづけて生きていくことはできるかもしれない。しかし、いつかはその“もし”を棄て去らなくてはならぬ日がやってくる」(三人の三塁手)

「彼にとっては、テキサス安打やコースがよく転がって外野に抜けた安打など、ヒットではなかったのだ。『体が生きて間が合』ったものだけが、彼の心の中での、真のヒットだったのだ」(さらば 宝石)